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岡田克也議員と村山談話
無所属の会・衆議院。2005年4月20日から2018年2月23日まで、8日・5つの会議で、質疑19件。
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質疑の一覧
新しい順。各質疑の「質問と答弁をカードで見る」から、質問とその直後の政府の答弁を1枚にしたカードを開けます。
したがって、もちろん否定したことはないということですが、私は、二〇一五年の七十年談話で朝鮮半島に対する植民地支配の言及がないというのはやや首をかしげているわけですけれども、全体としてはこの談話を私は評価しておりますけれども、そういうところが欠落しているのではないかというふうに思っておりますが、歴代内閣の考え方を、歴史認識について引き継ぐということであれば、河野談話を始め、歴代内閣が言っていたことについて、それを前提としているというふうに… それでは、今のお話ですと、例えば一九九五年の村山談話とか、あるいは二〇一〇年の菅談話、これについても引き継がれているという理解でよろしいですね。
私は、もう少し素直に、河野談話についても評価をするというふうに、私はそう考えておりますが、そういうふうに言われた方がいいんじゃないかと。 大臣の言い方ですと、戦後七十年談話と慰安婦に関する日韓合意に尽きるというふうに言ってしまいますと、まるで上書きされたように受け取られても仕方のない表現、そこはもう少し気をつけて言われるべきではないかというふうに思います。
今のお話をお聞きすると、河野談話は、戦後七十年談話と慰安婦に関する日韓合意によって上書きされた、こういう認識ですか。
河野談話について聞かれて、大臣は、産経新聞によれば、戦後七十年談話と慰安婦に関する日韓合意に尽きる、本人に聞けよ、本人というのはお父様のことだと思いますが、河野元官房長官ですね、というふうに発言したと報じられております。 しかし、親子関係にあるとはいえ、外務大臣として問われているわけですから、当然外務大臣としてお答えにならなければならないというふうに思うわけですが、河野談話についてどう考えているのか、きちんとお答えいただけますか。
例えば村山談話について、まさに踏み絵である、村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない。 河野談話について、第一次安倍政権のときに河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある。
植民地支配については、村山談話、小泉談話、小渕総理と金大中大統領との日韓共同宣言、あるいは北朝鮮との平壌宣言、それぞれ触れられていることですね。 そこで、菅談話、それも引き継がれているというふうに理解しますが、この菅談話は私も外務大臣のときに深くかかわったわけですが、この中で「当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。
先ほどの村山談話、小泉談話だけじゃなくて、日韓関係でいえば、一番大きな一つの結節点になったのが、小渕政権時代の小渕総理と金大中大統領による日韓共同宣言、ここにあらゆることが私は言い尽くされているというふうに思うんですね。 にもかかわらず、結局、そのことがきちんとした、これから未来志向でいこうということになっていないその理由は、もちろん韓国側にもあるんですが、日本側も、今まで出してきたいろいろな談話について、それを否定するような発言が、場合によっては閣僚も含めて相次ぐものですから、結局、苦労してこういうものをつくっても、それが意味がないというか、それを口実にして、また議論が振り出しに戻ってしまう。
今の答弁がよくわからないんですけれども、結局、この菅談話について、総理は引き継いでおられるのかどうか。 村山談話については、全体として引き継ぐということは言われているわけですね。
植民地支配や侵略も含めて、きちっと村山談話、小泉談話を引き継ぎますというふうに言われれば済む話じゃないかというふうに思うんです。 では、菅談話というのがあります。
これは総理のパターンなんですが、しかし、この村山談話は、植民地支配、侵略によって、とりわけアジアの国々に多大の損害と苦痛を与えたということを明言しているわけです。
そこで、まず総理にお尋ねしたいのは、この村山談話にある、我が国は、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた、それについて、歴史の事実を謙虚に受けとめて反省の意をあらわすと。 これが、私は、村山談話の一番コアの部分だというふうに思うわけです。
村山談話は戦後五十年で出たものですが、戦後六十年で小泉談話が出ています。
村山談話について、大分言い方を変えてこられました。 しかし、私、官房長官とも議論したんですが、まだお答えをもらっていないのは、植民地支配とかあるいは侵略というのが村山談話のキーワードでした。
歴代内閣といえば、この村山談話あるいは小泉談話、いずれも植民地支配とかあるいは侵略という言葉が出てまいります。
時間も限られていますので、もう一つの歴史認識についてお聞きをしたいと思うんですが、特に村山談話であります。 村山談話について、記者会見で、官房長官も、それから総理も、いろいろとお答えになっているわけですが、村山談話の中にある言葉で、官房長官の記者会見で出てこない単語が二つあるんですね。
それではやはり余りにも御都合主義ですから、昨日言われたことは、つまり総理大臣として、例えば村山談話その他の扱いについて言われたわけですから、それをきちんと通していただきたいというふうに思います。
私は、村山談話というのは当時としては一歩踏み出したものだったというふうに考えております。
我々は、戦後五十年、十年前に、内閣総理大臣談話、当時の村山総理の名前の下で、いわゆる村山談話が出されました。 この日米パートナーシップ宣言やあるいは村山談話に示された認識、これは総理も同じような認識を共有しておられるのか、それとも違うのか、そこをまず明確に述べていただきたいと思います。
数えているのは「村山談話」「戦後七十年談話」「戦後八十年 談話」を含む、議員としての質疑です。質疑ができるのはその日その委員会で質問に立った議員だけなので、件数の差は熱心さの差ではありません。