Diet Tracker
志位和夫議員と村山談話
共産・両院。2005年6月2日から2015年5月20日まで、6日・3つの会議で、質疑7件。
コピーした1行とURLをXやSlackに貼ると、上のカードが表示されます。
質疑の一覧
新しい順。各質疑の「質問と答弁をカードで見る」から、質問とその直後の政府の答弁を1枚にしたカードを開けます。
戦後五十年の村山談話では、我が国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んだと述べ、過去の日本の戦争に対して、間違った戦争という認識を明らかにしております。
総理が発表するとしている戦後七十年談話に、内外から懸念と批判が広がっています。 総理は、村山談話について、全体として引き継ぐと言います。
今後、靖国神社への参拝はもとより、村山談話の見直しなど、過去の侵略戦争を肯定、美化する一切の行動、言動を厳に慎むことを、私は厳しく求めるものであります。
私は、あなたが国策の誤りということも含めて村山談話をお認めになるということをおっしゃったので、その国策の誤りの具体的な中身を三点示しました。 一九九三年に、日本政府は、河野官房長官談話で、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については旧日本軍が直接、間接に関与したこと、慰安所における生活は、強制的な状況のもとでの痛ましいものであったことを公式に認め、心からのおわびと反省を述べるとともに、歴史教育などを通じて、同じ過ちを決して繰り返さない決意を表明しています。
そこで、次に、一九九五年の村山談話についての首相の立場をただしたいと思います。 村山談話は、我が国は、遠くない一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えましたとして、痛切な反省と心からのおわびを述べています。
日本政府は、戦後五十年に当たる一九九五年に村山談話を出しています。 この談話は、私たちから見ますと不十分な点もありますが、政府の歴史認識の重要な到達点でした。
首相は、ジャカルタでのスピーチで、一九九五年のいわゆる村山談話を踏まえて、過去の戦争への反省とおわびを次のような言葉で述べました。
数えているのは「村山談話」「戦後七十年談話」「戦後八十年 談話」を含む、議員としての質疑です。質疑ができるのはその日その委員会で質問に立った議員だけなので、件数の差は熱心さの差ではありません。