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江田憲司議員の質問と、政府の答弁
2015年2月27日 衆議院 予算委員会 第11号。「村山談話と歴代内閣の歴史認識(戦後50年・70年・80年の談話)」の国会トラッカーから、この1件を取り出しました。
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質問
それからもう一つ、ちょっとこれは聞いておきたいんですけれども、総理は、小泉政権時代、六十年談話を出されたときは幹事長ですか、副長官ですか。ちょっとお聞きしたいんです、本当に純粋に、なぜ六十年談話を出したんですか。実は、五十年談話は、自社さ政権でしたから、村山富市総理の村山談話、当時、私は使いっ走りをやらされました。ここではっきり申し上げますが、当時、自社さ政権、与党は自社さですが、五十年談話は自社さの中で綿密に協議をしたということだけは申し上げておきます。橋本総裁、当時通産大臣でしたが、そこに私が文案を持っていったときに、ある意味でこれは有名な話ですけれども、橋本龍太郎自民党総裁は、終戦という二文字を敗戦に変えられたんですね。
答弁
二〇〇五年ですね、六十年談話。当時、私は、八月十五日、ちょっと前であれば幹事長代理だったんだろう、このように思います。郵政選挙の後に、私、官房長官になるんですが。幹事長代理当時、あの小泉総理の六十年談話については全くかかわっておりませんし、党内で議論は一切私はしていなかったと思います。また、五十年談話についても、これは党内では一切議論しておりません。いわば、与党の協議というのは全く行わずに、いきなり閣議決定だったんだろう、このように思うわけであります、基本的には、ほとんどですね。そこで、ではなぜ六十年談話かということについては、ですから、私は、それは小泉当時の総理大臣に聞かなければわからないことではないのかと思うわけでございます。私が七十年談話ということに思い至ったのは、まさに、七十年を機に、例えば今、国連改革を進めているわけでございますし、日本への注目が集まる中において、これから日本が…
抜粋は会議録の文をそのまま切り出したもので、要約していません。答弁は「質問の直後の政府側の発言」を機械的に取り出したもので、一つの質問に複数の論点があるときは、別の論点への答弁であることがあります。全文は会議録でご確認ください。