Diet Tracker
川端達夫の答弁
2010年3月5日 衆議院 文部科学委員会 第4号。「村山談話と歴代内閣の歴史認識(戦後50年・70年・80年の談話)」の国会トラッカーから、この1件を取り出しました。
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質問
対応する質問は、このことがらの語を含んでいなかったため、トラッカーには入っていません。
答弁
文部科学大臣・内閣府特命担当大臣 川端達夫
内閣の一貫性でいえば、村山内閣、村山談話というのがございます。我が国が過去の一時的に植民地支配や侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えたことの認識を示しておられまして、常にその認識の中で見るべきだというふうに思います。私自身も滋賀県が選挙区というか出身でありますが、私の家は、江戸時代のいわゆる朝鮮人街道に面した家で生まれ育ちました。ことしが奈良平城京千三百年と言われていますが、平城京の前は天智天皇の大津京。大津京は、白村江の戦いという百済・新羅の戦いで負けました百済の人が亡命して、天智天皇にいろいろアドバイスをして都をつくったということのゆかりでありまして、文化的にも歴史的にも非常に縁の深いところに過ごしました。子供のときは、いわゆる在日の友達がいっぱいいました。多くがいわゆる北に帰還運動で帰ってどうなっているのか、胸が痛むようなこともありますが、…
抜粋は会議録の文をそのまま切り出したもので、要約していません。答弁は「質問の直後の政府側の発言」を機械的に取り出したもので、一つの質問に複数の論点があるときは、別の論点への答弁であることがあります。全文は会議録でご確認ください。