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菅直人議員の質問と、政府の答弁

2006年10月5日 衆議院 予算委員会 第2号。「村山談話と歴代内閣の歴史認識(戦後50年・70年・80年の談話)」の国会トラッカーから、この1件を取り出しました。

質問と答弁のカード

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質問

先ほどは村山談話であの戦争は植民地支配と侵略だったということを認められて、一般的にはこれは満州事変から始まると言われているわけです。また、祖父に当たられる岸元総理は、この満州国の経営に非常に高い位置で当たられた時期があった方であります。つまりは、一方では侵略であるというのを認めながら、そしてまた、岸元総理について戦後のある部分については高い評価をされながら、もう我々は大人なんですから。つまりは、その同じ人物がその前の時代にやったことについても、今、開戦の詔書の署名は間違っていたと言われました。満州国について、そういった満州国をつくった、全部岸元総理がつくられたわけじゃありませんが、つくることになったこと、こういうことに関して、やはりあれは侵略で間違っていたと言われるのが、もしこの村山談話を認められたというんであれば自然じゃないですか。

答弁

内閣総理大臣 安倍晋三

例えば、盧溝橋事件の際に、日本の軍隊は盧溝橋にいたわけであります。そもそもそのときに中国に日本の軍隊がいるのが悪いではないか、恐らくそれは中国の方々はそう感じるだろう、このように思うわけでありますが、では、あのときなぜ日本の軍隊がいたかといえば、これは、いわゆる義和団事変、北清事変の結果、辛丑条約、北清事変議定書によって八カ国ともどもの軍隊があそこにいることが認められたわけでありますが、では、その条約そのものがどうであったかという分析もしなければならないわけでありまして、歴史は連続性の中でやはり緻密な議論をするべきではないか、このように思います。

抜粋は会議録の文をそのまま切り出したもので、要約していません。答弁は「質問の直後の政府側の発言」を機械的に取り出したもので、一つの質問に複数の論点があるときは、別の論点への答弁であることがあります。全文は会議録でご確認ください。

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